2012年10月29日月曜日

123:論文紹介『ヤマトシジミに対する福島原発事故による生物学的影響』大和田幸嗣

 このブログの111回(8月11日)で、琉球大学の大瀧研究グループによる論文『ヤマトシジミに対する福島原発事故による生物学的影響』が英国の『ネイチャー』誌関連の→電子版で発表されたことと、これに関する特に欧米メディアの報道に関して→「ヒバクチョウが実証されました・・・」とお伝えしました。
 この研究に関しては最近もドイツの公共第一テレビARDがニュース番組で琉球大学の研究室の現場まで取材して伝えています。チームメンバーの女性研究者が「汚染地帯から避難すべきだ」と訴えていました。

 ところが、この実証的な科学研究を、日本の大手メディアは相も変わらず無視しています。 
このような状況を憂慮された「市民と科学者の内部被曝研究会」に参加されている分子細胞生物学者の大和田幸嗣元京都薬科大学教授が、最近当論文紹介として、第三者の科学者としての評価を執筆されました。これは内部被曝研究会医療部門内部で配布されたものですが、わたしにも送られてきましたので大和田氏の承諾を得以下そのまま掲載させていただきます。
氏は当研究を高く評価し、結論として「 放射能汚染が日本中に広がらないうちに正常なヤマトシジミのサンプルを収集しゲノムを解析し,変異体のゲノムとの比較検討が期待される。」と次の研究段階への提言をされています。わたしも今後の研究に注目したいと考えています。
なを、筆者紹介は文末にわたしから加えておきます。
以下引用 
          
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              論文紹介   
                    大和田幸嗣 20121019 

   『ヤマトシジミに対する福島原発事故による生物学的影響』

Hiyama, A., Nohara, C. et al. The biological impacts of Fukushima nuclear accident on the pale grass blue butterfly. Sci. Rep. 2, 570-579 (2012).
 DOI: 10.1038/srep00570

目的
 上記論文が電子版で発表されたとき、ヨーロッパ(ドイツ、フランス、スイス、イギリス)のマスコミはいち早く取り上げ詳しく報じた。このことを内部被曝研のメンバーでもあるベルリン在住のジャーナリストの梶村太一郎氏が内部被曝研のMLで伝えてきた。しかし、内部被曝研内でもこの論文にたいして否定的な見解があり、この論文の価値とその意義について積極的な議論がなされなかった。このことについてはメンバーの1人として私も責任を感じている。日本のマスコミはこの論文に対して無視に等しい態度を示している。フクシマ原発事故による人を含む生態系への影響、現在と未来にわたる継続的惨劇ついて、過小評価し忘れ去らせようとする流れが起きているように私には感じられる。
 
 私は分子細胞生物科学者で昆虫学の専門家ではないが、この論文(本文9ページとsupplemental information7ページ)と関連文献を読み、学び理解したこと伝え、本論文が正しく理解されるためのたたき台を提供したい。そのため、論文理解のための前提条件としてのヤマトシジミの特色や実験方法についても詳しく述べた。

はじめに:
 
 大瀧譲二研究グループ(琉球大学)の上記論文は、環境指標生物の一つであるヤマトシジミを用いて、福島事故で放出された放射能による事故後2ヶ月目と6ヶ月目の短時間での生態系への生理的・遺伝的影響を検証した世界で初めての貴重な論文である。
 
 ヤマトシジミは体長が約3センチの小型蝶で北海道を除く日本全域に生息し、田んぼ、公園、人家を生息場所としカタバミを単性食として繁殖する。冬は幼虫として地中で越冬し、餌のカタバミが生える春に幼虫から、蛹、成虫へと成長する完全変態昆虫である。その一生(ライフサイクル)は約1ヶ月と短く、一年で5〜7世代の世代交代をおこなうことから、環境要因がライフサイクルと世代へ及ぼす生理的・遺伝的影響を迅速に測定し判定出来る優れた系である。
  
 2010年、大瀧グループはヤマトシジミを実験室で飼育交配させ、何世代にも渡って継代維持できる手法、継代飼育法を樹立した(Entomol. Sci. 13, 393)。雌は1回に約100の卵を産卵する。子世代が成虫まで育つのは野生では数パーセントであるが、この方法によれば、約90%の子世代を育成できる。それ故、出現した変異を統計学的に解析する際にも有意な母集団を与えることが出来る。
  
 方法1:今回、原発事故後2ヶ月(2011年5月)と6ヶ月(2011年9月)に原発周辺の7地域でヤマトシジミを採集、形態観察をおこなった。継代飼育法を用いて、健康そうな蝶同士(親をPと現わす)を交配・産卵させ、子世代(F1)の形態観察をおこなった。F1成虫の形態を親世代と比較した。また、F1では幼虫から蛹、羽化に要する時間の各地域間の比較もおこなった。原発からの距離が近い程、卵から蛹まで、卵から羽化まで多くの日数がかかることがわかった。
 この7地域の福島第一原発からの距離 (km)を示す。北から、福島県福島市(62.8)、本宮町(58.8)、平野町(20.7)、いわき市(33.3)、茨城県高萩町(82.3)、水戸市(82.3)、筑波市(172)。
 
 次に、F1で観察された形態異常が孫世代(F2)へ遺伝するかを検討した。5月採集の蝶のF1で形態異常を示した各地域の雌と正常な筑波地域の雄とをかけ合わせて孫世代(F2)を作成した。 
 
 なお、形態異常は、①前(はね)のサイズの縮小(成長の抑制)、②翅裏にあるカラースポットのサイズ、配列、③翅の形,折れ曲りやしわ、一部欠損等、④肢の形、節の数の異常、⑤触覚の形と大きさ、⑥複眼の形やくぼみ、⑦口や下唇鬚等の付属器官について、目視と顕微鏡を用いておこなった。検定は二人で行い、同意出来た観察結果のみを採用した。
 
 結果1:2011年5月は越冬幼虫からふ化した一世代目の蝶の成虫を、9月は4〜5世代目の成虫を観察したことになる。表1は5月と9月の世代を追って形態異常の割合を比較したものである。
           
        表1 全体を通しての形態異常の割合
  世代        採集 2011年5月       2011年9月
  親(P)                      12.4%                    28.1%
   子ども(F1)                  18.3%                    60.2%
    (F2)                     33.5%                    NT
NT, not tested. 9月採集の蝶からのF2作成と結果は示されていない.

1.  各世代における異常率はそれぞれの意味が異なるため単純に比較することはできないが、5月では、異常率がPF1F2 と世代を経るごとに増加し、孫では親の2.5倍となった。P世代における異常率では、地点別に大きく異なりばらついていたものが、F1では発電所からの距離に反比例する形で統制が取れてくる(supplementary tableを参照)。F1におけるこの傾向は5月、9月共に同じであり、さらに、9月のPでは採集場所の地面の放射線量に比例して異常率が上昇する傾向が見られた。これは、P世代では野外で採集される個体は、比較的軽傷な個体のみ(重度な個体は生存できないため)であるのに対し、F1では被曝個体が潜在的に持つ生殖細胞における異常が表現されるためであると考えられる。さらに、F1F2間での形態異常に高い類似性が認められた。加えて、PF1で見られなかった形態異常がF2で出現したことは、世代を追って変異が蓄積して起こることが示唆された。

2.  4~5世代経過した9月では、異常率は5月の2倍以上に増加し、さらにそのF160.2%5月のF2の約2倍と極めて高い。9月に採集された蝶の世代は、汚染されたカタバミを何代にも渡って餌として生存して来た蝶の子孫であることから外部被曝よりも内部被曝による影響が強いからかと考えられる。
以上から、福島地域のヤマトシジミで観察された形態異常が3世代に渡って雌の生殖細胞を介して遺伝的に受け継がれることを示している。

 このことを実験的に確認するために、著者等は外部被曝と内部被曝を実験室で試みた。
  
 方法2:実験には福島第一原発の事故の影響が殆どないと考えられる沖縄地域のヤマトシジミと餌も沖縄産のカタバミを使用した。雌のプールから集めた幼虫200匹から、150匹を照射用、50匹を非照射用のコントロールとしプラシチックコンテナーに入れた。
 
 セシウム137による外部被曝には線源として137CsCl(14.3 MBq)を用い、180~280時間または177~387時間照射した。積算被曝線量はそれぞれ3~55 mSv (最大 0.20 mSv/h)57~125 mSv (最大 0.32mSv/h)であった。
  
 内部被曝実験のソースには、2011年の7〜8月に福島県の4つの地域(福島市、広野町、飯舘町の山間部と平野部)から採集したカタバミの葉を用いた。コントロールとして山口県宇部市産の葉を使用した。卵から幼虫の1~2齢期までは沖縄産のカタバミで飼育した後、各汚染地区と宇部市産由来のカタバミの葉の上に移し飼育した。尚、葉に含まれる放射線量は、乾燥後の葉をホットプレート上で灰にした1.60 gの灰のβ線量をcpmとして測定した。cpmはベクレルに換算し、葉の重さ当りの灰の割合からキログラム当りの葉のベクレル数を算出した。
   
 外部及び内部被曝させながら幼虫や蛹を飼育し生存率を調べ、羽化した成虫の形態異常を調べた。
 結果2:野外で採集した蝶と同様の形態異常前翅のサイズの縮小、目、触覚、カラースポット等の異常が両被曝で確認された。内部被曝実験では、蛹の死亡率やカラーパターンの異常率がセシウム137の量と相関した。
 非照射に比べて両被曝とも異常発生率が約倍高い(表2)。内部被曝の方が外部被曝より影響が強いようだ。

表2. 外部被曝・内部被曝実験による沖縄産ヤマトシジミの異常発生率
    非照射                 16.7%
       外部被曝                31.7%
         内部被曝                39.6%
 
 外部被曝よる死亡率は線量に依存し増加し、55 mSvでは20%125 mSvでは40%だった。55 mSvでは主に幼虫期に死亡し、125 mSvでは幼虫期に加え、蛹期間と羽化時に死亡した。
 福島市産と飯舘産の葉を食べたことによる内部被曝による成虫の死亡率は50%、広野産では30%といずれもコントロールの宇部産の5%より有意に高かった。
 
 以上の結果から、実験室においてもフィールドで観察された形態異常が再確認されたことから、福島原発周辺の7つの地域でのヤマトシジミの形態異常や死亡は、原発から放出された放射能により誘導された遺伝子変異が生殖細胞系を介して世代に受け継がれ蓄積し、多重変異の結果として生じる可能性を示唆する。
 
 一般には、劣性遺伝子の変異が表現型として現れるには2つの相同遺伝子の両方に少なくとも2回以上の変異が必要であると言われている。チェルノブイリ事故後、奇形発症率が2〜3世代となるにしたがって高くなるという事実はこのことと対応する。
 
 ベラルーシの遺伝学者ローザ・ゴンシャローヴァは事故後のハタネズミの調査から、遺伝的変異が22世代に渡って受け継がれ,代を追うごとに悪影響が増すことを報じた。それが染色体の安定性に関与する遺伝子群の多重変異による染色体不安定性の増加によるものか分子レベルでの解析が期待されたが政府の圧力により研究は中止させられた。
 メラーとムソー等はチェルノブイリ原発周辺のツバメの生殖細胞に異常を見いだし、個体数の減少や形態異常と相関することを報告した。
  
 ショウジョウバエのBar遺伝子変異と酷似した複眼の形態異常をヤマトシジミで論文著者達は観察している。Bar遺伝子は昆虫では良く保存されているので、ヤマトシジミでのBar遺伝子様の同定をおこない、さらにボデープラニングに関与するホメオテック遺伝子等の解析をおこなうことにより、ヤマトシジミでの形態異常の本質に迫ることが期待される。
 
 福島産ヤマトシジミで前脚の片方が雌でもう片方が雄の雌雄同体の変異体が見つかっている(論文の著者の1人の野原氏私信)。ホットスポットが見つかった柏市から北東に20キロに位置する茨城県牛久市の雑木林で雌雄同体のノコギリクワガタが2012年6月発見された(日経新聞 2012.10.7)。角は雄、前脚、胴体、腹部、そして生殖器は雌であった。
 飯舘村北部山間部のコオロギは4000 Bq/kg、本宮町で採取されたイナゴでは、72 Bq/kgのセシウム137が検出されている。 政府は岩手、山形、群馬の3県のクマの肉と、栃木県永野川の天然ヤマメが国の基準値(1キロ当り100Bq)を超えるセシウムを検出し出荷停止を各県に指示した(2012年9月10日政府発表、日経新聞 2012.9.11)。生態系に内部被曝が拡大している。
 
 放射能汚染が日本中に広がらないうちに正常なヤマトシジミのサンプルを収集しゲノムを解析し,変異体のゲノムとの比較検討が期待される。

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以上引用。以下は梶村。

筆者紹介:

大和田幸嗣(おおわだ こうじ)
1944年秋田県生まれ。横浜市立大学卒業。大阪大学大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。大阪大学微生物研究所勤務。4年間西ベルリンのマックス・プランク分子遺伝学研究所で研究。1989年から2010年、定年退職まで京都薬科大学生命薬学研究所教授。専門はがんウイルスと分子細胞生物学。Srcがん蛋白質の機能と細胞周期制御。

この氏の経歴は、最近のこの共著
→『原発問題の争点』から引用しました。

大和田氏は本書では第一章「内部被曝の危険性/チェルノブイリの教訓からフクシマを考える」でチェルノブイリ事故に関する広範な研究を専門家の立場から細かく評価紹介されています。
わたしたち一般市民にとっては難しい部分もありますが、非常に参考となるまとまった論文です。じっくり読めば大変な勉強になります。本書の他の専門分野の方々の寄稿も力作ばかりですのでお勧めしておきます。
読んでいて、チェルノブイリの事故の後にドイツの母親たちが、同じように良心的科学者の論文を必至読み、講演に押し掛けた頃のことを思い出しました。また昨年末亡くなった東独の女性作家クリスタ・ヴォルフさんが遺された、その時の体験を描いたすぐれた文学作品のことも思い出しました。これについては昨秋にここでも紹介しようと考えたのですが、時間が無く果たせないでいます。いずれまた。
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10月30日追加です。 

このヴォルフさんの作品については、ブログでも今年の4月に少し触れていたことを、ある人から指摘されました。 

→みどりが爆発している  

いやはや、ボケていますね。すばらしい小説です。


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